聖書の人物 · 最初に読む物語

יוֹסֵף · ヤコブとラケルの子

ヨセフ

奴隷として売られ、穀物を管理し、自分を売った兄たちと向き合った人

ヨセフの物語は、亀裂を抱えたカナンの家族から、奴隷生活と牢獄を経て、エジプトの大きな権力へと進みます。創世記は、神が彼を通して命を残したと語ります。しかし、それを成功の法則にはしません。人身売買、性的な強要、飢饉、家族の恐れ、権力集中の代償が最後まで消えないからです。

この学びの読み方

聖書の予備知識は必要ありません。上から順に読むと次の出来事へ進み、各節の最後に、その場面に用いた聖書箇所やその他の資料を示します。

このページに出てくる言葉

聖書を初めて読む方へ、先に言葉を確認できます。

この記事で必要な意味だけを短く説明します。知識がなくても読み始められます。

メシア / キリスト
「油を注がれた者」という意味の称号です。キリストはイエスの名字ではありません。
正典
信仰共同体が聖書として受け入れた書物の範囲です。正典福音書はマタイ・マルコ・ルカ・ヨハネです。
マナ
イスラエルがエジプトを出て荒れ野を旅した時、神が与えたと聖書が伝える食べ物です。
ファラオ
古代エジプトの王を表す称号で、個人の名前ではありません。

カナン · 十七歳のころ

傷ついた家族の中で、特別扱いされた息子が夢を語る

ヨセフは、ヤコブの家で長い競争と悲しみを経験したラケルから生まれます。十七歳で兄たちと羊を飼い、彼らについての悪い報告を父に伝え、特別な上着を与えられます。創世記は、ヤコブがほかの息子以上にヨセフを愛したと記します。その愛は心の中にとどまらず、すでに競争に傷ついていた家族の中で、目に見える格差となりました。

続いてヨセフは、兄たちの束が自分の束にひれ伏し、太陽と月と星までが自分にひれ伏す夢を話します。夢は後の権威を先取りしますが、若い語り手は、その権威がもたらす代償をまだ分かっていないようです。兄たちの憎しみは正当化できません。それでも本文は、憎しみが育った家庭の条件まで隠しません。

参照資料創世記30:22–24 · 37:1–11

ドタンとエジプトへの道

穴は成長の教室ではなく、人が売られた現場だった

父に言われて兄たちを捜しに来たヨセフは、偏愛のしるしである上着を着てドタンに近づきます。兄たちは上着をはぎ、空の穴へ投げ込み、食事をしながら彼の運命を決めます。ルベンは殺害を避けようとし、ユダは売ることを提案します。兄たちは代金を受け取り、やぎの血で上着を汚し、ヤコブに息子が死んだと思わせます。

創世記37章はイシュマエル人とミデヤン人を挙げ、現代の一件の取引のようには滑らかにつながらない順序を残しています。ただし中心は明白です。ヨセフはエジプトへ連れて行かれ、ポティファルに売られました。後の権力によって売買が無害になるわけではなく、摂理を理由に兄弟を所有物として扱った責任を消すこともできません。

参照資料創世記37:12–36

ポティファルの家

有能であっても、奴隷の身体は安全にならなかった

ポティファルはヨセフの働きが栄えるのを見て、家の管理を任せます。創世記は主がヨセフとともにいたと繰り返しますが、その臨在が奴隷状態を終わらせたわけではありません。彼は依然として、労働も移動も将来もエジプトの高官に握られた若い外国人です。

ポティファルの妻は、繰り返しヨセフに性的関係を迫ります。ヨセフは主人の信頼と神への罪を理由に拒み、上着をつかまれると、それを残して逃げます。その上着は虚偽の告発に使われ、彼は牢に入れられます。これは強要と力の不均衡、虚偽告発の場面です。性暴力の被害者を責めたり、あらゆる訴えを疑ったりする根拠ではありません。

参照資料創世記39:1–23

王の囚人を入れる牢

二つの夢を解き明かしても、忘れられた

牢でもヨセフは責任を任されますが、責任は自由ではありません。ファラオの献酌官と料理官が夢に悩むと、解き明かしは神のものだと語り、夢を聞きます。一人は復職し、もう一人は処刑されます。夢を解く力を披露するだけの明るい場面ではありません。

ヨセフは、自分がヘブライ人の地からさらわれ、この地下牢に入れられることはしていないと訴え、献酌官に覚えていてほしいと頼みます。しかし献酌官は、まる二年も彼を忘れます。この遅れは重要です。物語は、閉ざされた扉をすべて、苦しむ人が今すぐ感謝すべき訓練だとは説明しません。

参照資料創世記40:1–41:1

ファラオの宮廷 · 七年の豊作

飢饉への警告によって、ファラオの隣に立つ

肥えた牛がやせた牛に食べられ、実った穂がしなびた穂にのみ込まれる夢をファラオが見ると、献酌官はようやくヨセフを思い出します。急いで牢から呼び出されたヨセフは、答えは自分にあるのではないと最初に告げます。二つの夢は一つの知らせ、七年の豊作の後に厳しい飢饉が七年続くという警告でした。

ヨセフは、賢明な人物を任命して収穫の五分の一を集め、穀物を蓄える政策も提案します。ファラオは新しい名、衣服、印章の指輪、エジプトの祭司の家との婚姻、王に次ぐ権力を与えます。劇的な逆転ですが、ヨセフの力は、かつて自分を所有し拘束した仕組みの外ではなく、ファラオの国家の内側に置かれています。

参照資料創世記41:1–52

エジプトと周辺地域 · 七年の飢饉

穀物は命を救い、土地と労働は王へ集まった

飢饉が始まると、ヨセフは倉を開き、エジプト人や周辺から来た人々に穀物を売ります。広域災害の中で食料が流れ続け、ヨセフは後に、自分の地位が多くの命を残すために用いられたと理解します。エジプトで生まれたマナセとエフライムは、生き延びることがカナンから遠く離れた新しい家族も生んだと示します。

しかし創世記は、一般のエジプト人が払った代価を隠しません。金、家畜、土地が尽きると、ヨセフはそれらと人々の労働をファラオのものとし、住民を移し、継続する五分の一税を定めます。祭司の土地は例外です。同じ行政が人々を生かし、同時に王の支配を深めることがあります。ヨセフを賢いと認めても、飢饉政策の結果をすべて正しいと呼ぶ必要はありません。

参照資料創世記41:53–57 · 47:13–26

カナンとエジプトを往復する旅

兄たちはひれ伏したが、和解はすぐには来なかった

飢饉で穀物を買いに来た兄たちは、自分たちの言葉を理解するエジプトの高官がヨセフだと知らず、彼の前にひれ伏します。ヨセフは彼らを間者と呼び、拘束し、シメオンを残し、代金を袋に戻してベニヤミンを連れてくるよう求めます。試みは兄たちの罪悪感と恐れを露わにすると同時に、抵抗できない人々に対してヨセフが握る大きな力も見せます。

ヨセフの杯がベニヤミンの袋から出るようにした後、ユダは弟を失ってヤコブのもとへ帰るより、自分が代わりに奴隷になると申し出ます。その時ようやくヨセフは廷臣を退かせ、泣きながら正体を明かします。和解は真実、変わった行動、報復しないというヨセフの決断から始まります。傷つけられた人に、安全も変化の証拠もないまま信頼を戻せと命じる物語ではありません。

参照資料創世記42:1–45:15

ゴシェンとヨセフの晩年

「あなたがたは害を企んだ」—悪を善と呼ばない摂理

ヤコブの家族はゴシェンに住み、ヨセフは父と再会します。ファラオも家族の牧畜経験から利益を得ます。死の前にヤコブはエフライムとマナセをイスラエルの部族の未来へ迎え、ヨセフを祝福します。しかしヤコブが死ぬと、家族の恐れが戻ります。兄たちはヨセフが復讐を延期していただけではないかと考えます。

ヨセフは意図を混同せずに答えます。兄たちは害を企みましたが、神は同じ歴史を通して命を残す結果を意図された、というのです。人身売買そのものが善だったとも、ほかの人がまねるべき必要な過程だったとも言いません。ヨセフはエジプトで死に、神がイスラエルを導き出す時には自分の骨も運ぶよう頼みます。ファラオの高官であっても、最後の希望はファラオの国の先にありました。

参照資料創世記45:16–50:26 · 出エジプト記13:19 · ヨシュア記24:32 · ヘブル人への手紙11:22