聖書の人物 · 最初に読む物語

Παῦλος · サウロとも呼ばれる

パウロ

確信によって人を傷つけ、考え方と生き方を改める必要があった

パウロが初めて登場するのは、まだサウロと呼ばれていた時です。イエスについて宣べ伝えたステファノが石で打ち殺されると、サウロはその死に賛成し、家々を捜してほかの信者たちを捕らえます。ところがダマスコへ向かう途中、復活したイエスに出会い、この運動への迫害をやめます。一度の出会いで進む方向は変わりましたが、人々の信頼を得て新しい生き方を身につけるまでには、はるかに長い時間が必要でした。

この学びの読み方

聖書の予備知識は必要ありません。上から順に読むと次の出来事へ進み、各節の最後に、その場面に用いた聖書箇所やその他の資料を示します。

このページに出てくる言葉

聖書を初めて読む方へ、先に言葉を確認できます。

この記事で必要な意味だけを短く説明します。知識がなくても読み始められます。

使徒
知らせを伝えるために遣わされた人です。新約聖書では十二人と、そのほかの使者にも使われます。
メシア / キリスト
「油を注がれた者」という意味の称号です。キリストはイエスの名字ではありません。
正典
信仰共同体が聖書として受け入れた書物の範囲です。正典福音書はマタイ・マルコ・ルカ・ヨハネです。
律法 / トーラー
神の教えを意味します。狭い意味では聖書の最初の五つの書を指します。
割礼
男性器の包皮を切る儀式です。聖書ではユダヤ人男性に与えられた契約の身体的なしるしです。
会堂
ユダヤ人が集まり、祈り、聖書を読み、学んだ場所です。
殉教
信仰や証言のために殺されることです。
ファリサイ派
律法と受け継いだ伝統を重んじて解釈したユダヤ教の運動です。新約聖書には、イエスとの論争だけでなく意見が一致する場面もあります。
ユダヤ人
ユダヤ民族に属する人です。文脈によって、祖先・民族・宗教・文化を含む言葉です。

エルサレムからダマスコへ

最初に描かれるのは、人が殺される傍らで上着を預かる姿

ステファノが石で打たれる間、サウロはその死に賛成し、そこに置かれた上着を見張ります。その後は家々に入り、信者を引きずり出し、ダマスコでも逮捕できるよう権限を求めます。

パウロ自身の手紙も、この過去を穏やかに言い換えてはいません。サウロは偶然、判断を誤ったのではありません。宗教的な熱心さと、自分は正しいという確信が、彼を人を傷つける者にしていました。

参照資料使徒言行録7:58–9:2 · ガラテヤ1:13–14 · フィリピ3:4–6

ダマスコへの道

追う側だった彼自身が、道を止められる

町の近くで光を受け、サウロは地面に倒れます。「なぜ、わたしを迫害するのか」という声を聞き、目を開けても何も見えません。彼はほかの人に手を引かれて進まなければならなくなります。

使徒言行録はこの出来事を三度、少しずつ重点を変えて語ります。一方、パウロの手紙では、神が御子を彼に示したと、より短く述べられます。彼が信じてきた枠組みは崩れました。攻撃していたイエスは生きており、神に仕えるための熱心さが、かえって彼を神に逆らう側へ置いていたのです。

参照資料使徒言行録9:1–19 · 22:3–21 · 26:9–20 · ガラテヤ1:15–17

ダマスコ、エルサレム、アンティオキア

変わったと言っても、すぐには誰も信じない

エルサレムの信者たちはサウロを恐れます。つい最近まで迫害していた人が、新しい自分になったと告げるだけで、すぐに信頼されるはずはありません。

バルナバはサウロを使徒たちのもとへ連れて行き、後にはアンティオキアで教える共同体へ招きます。パウロの新しい出発に必要だったのは啓示だけではありません。人は変われると信じ、そのために自分の評判まで危険にさらす誰かが必要でした。

参照資料使徒言行録9:19–30 · 11:19–26 · ガラテヤ1:15–24

ローマ世界の街道と港

宣教の地図は、一人の英雄の足跡ではない

パウロは会堂や人の集まる場所で語り、自分の手で働き、打たれ、投獄されます。計画どおりに進めず、行き先を変えることもあります。新しい共同体が生まれると、そこにはすぐ問題も起こります。

バルナバ、シラス、テモテ、リディア、プリスカ、アキラ、フェベをはじめ、多くの人がいたからこそ働きは続きました。地図ではパウロの名が最も大きく見えますが、実際の宣教を支えたのは、家、資金、危険、手紙を分かち合う人々のつながりでした。

参照資料使徒言行録13–20章 · 一テサロニケ2:1–12 · ローマ16章

アンティオキアとエルサレム

広がる教会は、誰が同じ食卓に着けるのかを決めなければならない

ユダヤ人ではない人々が仲間に加わると、男性は割礼を受け、モーセの律法を守らなければならないと主張する信者が現れます。パウロとバルナバは、公の場で難しい議論をするためエルサレムへ向かいます。

指導者たちは、ユダヤ教への改宗を仲間になるための条件にしないと決めます。この決定によって宣教の門は大きく開かれました。しかしガラテヤの信徒への手紙を見ると、誰と食事をするのか、どの集団に属するのか、誰もが対等なのかをめぐる争いは、すぐには終わらなかったことが分かります。

参照資料使徒言行録15:1–35 · ガラテヤ2:1–21

問題を抱えた教会へ送った手紙

彼の教えは静かな書斎ではなく、争いの中で形になった

コリントでは共同体が分裂し、ガラテヤでは割礼をめぐる争いが起こります。テサロニケの人々は亡くなった仲間を悲しみ、ローマではユダヤ人信者と非ユダヤ人信者の間に緊張がありました。

パウロの手紙は、身体、お金、立場、悲しみ、壊れた関係といった差し迫った問題への応答です。一つの文だけを抜き出して、それがパウロの教えのすべてだと考えるなら、その手紙が向き合おうとした具体的な問題が見えなくなります。

参照資料ローマ · 一・二コリント · ガラテヤ · 一テサロニケ · フィレモン

パウロの指導力をめぐる対立

彼は弱さを語ることで、自分の権威を弁明する

反対する人々の中には、パウロの見た目や話し方をあざけり、もっと印象的な教師を持ち上げる者がいました。パウロは厳しく反論しますが、指導者としての中心的な主張は意外なものです。力は華やかな見せ方ではなく、弱さを通して現れるというのです。

彼は、打たれた経験、危険、不安、そして取り除けない「とげ」を挙げます。こうした箇所が、パウロの書いた厳しい言葉すべてを正当化するわけではありません。ただし、指導者をどのような基準で評価してほしいと彼が考えていたかは示しています。

参照資料一コリント1:18–2:5 · 二コリント10–13章

難船からローマの借家まで

使徒言行録は彼の死ではなく、開かれた戸口で終わる

エルサレムでの逮捕をきっかけに、パウロは何度も審理を受け、船で移送され、難船を経てローマへ着きます。借りた家で監視されながら暮らし、訪ねて来る人々に語り続けます。

使徒言行録は、判決も死も記していません。後の伝承ではネロ帝のもとで殉教したと伝えられますが、聖書が最後に描くのは、物語の終わっていない囚人が「少しも妨げられることなく、大胆に」語る姿です。

参照資料使徒言行録21–28章 · 新約聖書外の古代キリスト教文書『一クレメンス』5章 · 後代のローマ殉教伝承